2022年11月14日
初口取りまでの道のり
ビターゼノビアの骨折で非常にタイミングが悪くなってしまいましたが、
手術も無事成功し、一段落したので記事を公開する事にします。
ちょっと浮かれた記事です。ご勘弁ください。
*******************
いつこの一口馬主の会員口取り参加の仕組みが始まって、
いつ初めて申し込んだのか。もうすっかり忘れていましたが、
ブログの古い記事を探ってみると、少しわかってきました。
長く続けておくものですねえ(笑)
口取り、という言葉がこのブログに初登場したのが
2007年10月のこと。
この時に、「少し前に始まった」との記述があります。
そして、2008年2月15日に「口取り当たりました」という記事を書いています。
この中に、申し込みの為にクラブに電話を掛けたこと、
電話を掛けたのが10年ぶりくらいのこととの記述があります。
ということは、これが初めての口取り申し込みだったと思われます。
実際に実現したのはつい先日。2022年10月16日ですから、
15年目にして初めて写真に並べたことになります。
最初に申し込んだ時はまだギリ30代だった僕も、
15年の間にもうすっかり白髪交じりのジジイになってしまいました。
この間に何回口取りの為に競馬場に駆け付けたかは
記録を取っておかなかったので、正確にはわかりません。
今更調べる根性はありません。
ただ、東京か中京でしか申し込んでいないので、
そんなに多いわけではないですが、
思い出せるだけでもマンハッタンスカイ、ゴールデンメイン、ベストティアーズ、マイティウェイ、
ハートオブクラリス、スティルウォーター、ローブドゥネージュ、サラドリーム、ピーキー、
そして今回のビターゼノビア。
少なくとも10回、1頭で複数回ということもあるので
多くて20回近いかもしれません。
競馬場に行くこと自体がそれほど多くないので、そのタイミングで出走しないと
申し込みすらできませんから、狭き門です。
一番思い出されるのは2013年11月23日。
この日は午前中の未勝利戦にピーキー、
準メインのオリエンタル賞にソルレヴァンテが同じ東京競馬場に出走。
2頭ともに希望は出していましたが、権利が取れたのはピーキーだけ。
そのピーキーは6着に敗れ、権利のなかったソルレヴァンテが優勝。
もちろん、一緒に行った仲間と喜び合いましたが、
口取りスタイルの服装なのに、なぜか僕はスタンドの上から
撮影の様子を眺めているという、なんとも近くて遠いウィナーズサークルを感じたのでした。
ちなみに・・・
この時ピーキーの未勝利戦で優勝したのはラグジードライブ。
のちに、2016年の東京ハイジャンプで落馬し、カラ馬でオジュウチョウサンに絡んで
あわや敗戦か、というところまで追い込んだあの馬です。
このレース、実際に東京競馬場で見ていました。
そのオジュウチョウサン、ビターゼノビアの新馬戦優勝の日に
4たび東京ハイジャンプに出走したものの大敗を喫し、
ついに引退を決意するレースをも目撃することになるとは。何という縁でしょう。
実は数年前、車椅子での口取り参加について、
考え方の行き違いがあって、クラブの担当者さんとちょっと揉めたというか、
意見のぶつかり合いがありました。
今でも100%納得しているわけではありませんが、
ただ、それも今回の初口取りで多くの方のお気遣いの下に
実現できているということを感じました。
その100%に届かない部分は僕が折れることが
いいことなのか悪いことなのかはすぐには判断できませんが、
今は心に収めておこうと思ってます。
そんなこんながあって、
ようやく実現できた口取り参加。
1回で満足、というわけでにはいかず、人間、欲がでるもので:-P
次は命名した愛馬の口取りに並んでみたいなあ。
おっと、その前に名前が採用されなければ(*_*)
いずれにしても、一口馬主ライフで実現したいイベントがまた一つ達成できました。
ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。
手術も無事成功し、一段落したので記事を公開する事にします。
ちょっと浮かれた記事です。ご勘弁ください。
*******************
いつこの一口馬主の会員口取り参加の仕組みが始まって、
いつ初めて申し込んだのか。もうすっかり忘れていましたが、
ブログの古い記事を探ってみると、少しわかってきました。
長く続けておくものですねえ(笑)
口取り、という言葉がこのブログに初登場したのが
2007年10月のこと。
この時に、「少し前に始まった」との記述があります。
そして、2008年2月15日に「口取り当たりました」という記事を書いています。
この中に、申し込みの為にクラブに電話を掛けたこと、
電話を掛けたのが10年ぶりくらいのこととの記述があります。
ということは、これが初めての口取り申し込みだったと思われます。
実際に実現したのはつい先日。2022年10月16日ですから、
15年目にして初めて写真に並べたことになります。
最初に申し込んだ時はまだギリ30代だった僕も、
15年の間にもうすっかり白髪交じりのジジイになってしまいました。
この間に何回口取りの為に競馬場に駆け付けたかは
記録を取っておかなかったので、正確にはわかりません。
今更調べる根性はありません。
ただ、東京か中京でしか申し込んでいないので、
そんなに多いわけではないですが、
思い出せるだけでもマンハッタンスカイ、ゴールデンメイン、ベストティアーズ、マイティウェイ、
ハートオブクラリス、スティルウォーター、ローブドゥネージュ、サラドリーム、ピーキー、
そして今回のビターゼノビア。
少なくとも10回、1頭で複数回ということもあるので
多くて20回近いかもしれません。
競馬場に行くこと自体がそれほど多くないので、そのタイミングで出走しないと
申し込みすらできませんから、狭き門です。
一番思い出されるのは2013年11月23日。
この日は午前中の未勝利戦にピーキー、
準メインのオリエンタル賞にソルレヴァンテが同じ東京競馬場に出走。
2頭ともに希望は出していましたが、権利が取れたのはピーキーだけ。
そのピーキーは6着に敗れ、権利のなかったソルレヴァンテが優勝。
もちろん、一緒に行った仲間と喜び合いましたが、
口取りスタイルの服装なのに、なぜか僕はスタンドの上から
撮影の様子を眺めているという、なんとも近くて遠いウィナーズサークルを感じたのでした。
ちなみに・・・
この時ピーキーの未勝利戦で優勝したのはラグジードライブ。
のちに、2016年の東京ハイジャンプで落馬し、カラ馬でオジュウチョウサンに絡んで
あわや敗戦か、というところまで追い込んだあの馬です。
このレース、実際に東京競馬場で見ていました。
そのオジュウチョウサン、ビターゼノビアの新馬戦優勝の日に
4たび東京ハイジャンプに出走したものの大敗を喫し、
ついに引退を決意するレースをも目撃することになるとは。何という縁でしょう。
実は数年前、車椅子での口取り参加について、
考え方の行き違いがあって、クラブの担当者さんとちょっと揉めたというか、
意見のぶつかり合いがありました。
今でも100%納得しているわけではありませんが、
ただ、それも今回の初口取りで多くの方のお気遣いの下に
実現できているということを感じました。
その100%に届かない部分は僕が折れることが
いいことなのか悪いことなのかはすぐには判断できませんが、
今は心に収めておこうと思ってます。
そんなこんながあって、
ようやく実現できた口取り参加。
1回で満足、というわけでにはいかず、人間、欲がでるもので:-P
次は命名した愛馬の口取りに並んでみたいなあ。
おっと、その前に名前が採用されなければ(*_*)
いずれにしても、一口馬主ライフで実現したいイベントがまた一つ達成できました。
ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。
今年を振り返る
いつになったら競馬場に行けるのか問題
10月の散髪に行く日が決められない問題
私が最終レースを嫌う理由
ユニオン、セレクトセールでキズナ牡馬を7400万円で落札
2年連続採用ならず【馬名決定】
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Posted by 浦河深之 at 18:14│Comments(0)
│一口馬主ライフ