2008年09月19日
思い出の愛馬(1)~一瞬見えた希望・ベストホリスキー~
今まで一口馬主をやってきて、多くの馬に関わってきました。
活躍した馬もいれば、活躍できなかった馬もいます。
走っても走らなくても、どの馬にもいろいろな思い出があります。
このカテゴリ記事では、そんな、過去に出資してきた馬とその思い出を振り返ってみます。
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ベストホリスキー父ホリスキー 母ニコールモナムール 母の父Bold Bidder
1994年5月23日生 ・ 牡・ 黒鹿毛 ・ 栗東・松田正弘厩舎
成績 1戦未勝利 (写真は募集時)

一口馬主を始めて、初めの年に持った「初めての愛馬」2頭のうちの1頭が、
このベストホリスキーです。
ビデオもなく、送られてきたパンフレットだけで、
今思えばいったい何を基準に選んでいたのだろうと思うんですが^^;
とにかく、選んだ1頭がこれでした。
おそらく、後で出てくるセカンドサービスもそうなんですが、
1、新種牡馬は走る(走らせようといい肌馬を選ぶ)
2、輸入牝馬は繁殖目的で買ったのだからいい仔を出す
と、どこぞで聞きかじったような情報を元に選んだのだと思います。
ホリスキーは新種牡馬でもなんでもないんですが、
たぶんユキノサンライズなどで、走る印象が強かったのでしょう。
この馬、少し順調に進んだと思うとすぐに何かのアクシデントで頓挫する、
と言うことを繰り返し、
結局4歳(当時)になっても15-15すら乗れないままとりあえず入厩。
その7月に骨折(全治六ヶ月)、それでも現役続行の決定。
その後も帰厩してはアクシデント、放牧。これの繰り返しで
1999年4月17日、中京競馬場の父内国産馬限定・500万下 ダート1700mで
ついにデビューした時には既に6歳でした。
馬体重540キロは明らかに太め残り。
レースはスタート直後から1頭大きく離された最後方をぽつんと追走。
こりゃだめだ、タイムオーバーかな…と、思った瞬間でした。
直線豪快に追い込み、上がりの時計は勝ち馬を上回るタイムで6着入線。
向こう正面では6馬身離されての追走も、結果は勝ち馬との差わずかコンマ8秒。
500万を勝ちあがる力は十分ある、これで叩いて絞れてくれば初勝利…
そう、思わせる内容でした。
事実、翌週の新潟・清津峡特別に連闘で望むべく登録があり、
専門誌上でも印が回るほどでした。
ところが…
激走の代償は大きく、レース後、右前脚に重度の屈腱炎を発症。
もちろん2戦目をつかうことはなく、4月28日に登録を抹消しました。
出資してから4年間、出走を待ち続けて、我慢して。
その間に、継続出資の意思を確認する手紙も届き、
当然のように継続に印をつけてはがきを返送したことも。
しかし、その出走の機会はわずか1回で終わりました。
もちろん、松田先生を始め、関係者の間で走ると信じていたからこそ、
6歳まで未出走でも我慢しておいてくれたのだと思います。
それだけに、残念と言う言葉で片付け切れないほどの無念さでした。
こうして、初めての愛馬は現役を終えました。
しかし、この世代もう一頭出資した初めての愛馬は、もっと悲しい(情けない?)結果に終わったのです。
活躍した馬もいれば、活躍できなかった馬もいます。
走っても走らなくても、どの馬にもいろいろな思い出があります。
このカテゴリ記事では、そんな、過去に出資してきた馬とその思い出を振り返ってみます。
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ベストホリスキー父ホリスキー 母ニコールモナムール 母の父Bold Bidder
1994年5月23日生 ・ 牡・ 黒鹿毛 ・ 栗東・松田正弘厩舎
成績 1戦未勝利 (写真は募集時)

一口馬主を始めて、初めの年に持った「初めての愛馬」2頭のうちの1頭が、
このベストホリスキーです。
ビデオもなく、送られてきたパンフレットだけで、
今思えばいったい何を基準に選んでいたのだろうと思うんですが^^;
とにかく、選んだ1頭がこれでした。
おそらく、後で出てくるセカンドサービスもそうなんですが、
1、新種牡馬は走る(走らせようといい肌馬を選ぶ)
2、輸入牝馬は繁殖目的で買ったのだからいい仔を出す
と、どこぞで聞きかじったような情報を元に選んだのだと思います。
ホリスキーは新種牡馬でもなんでもないんですが、
たぶんユキノサンライズなどで、走る印象が強かったのでしょう。
この馬、少し順調に進んだと思うとすぐに何かのアクシデントで頓挫する、
と言うことを繰り返し、
結局4歳(当時)になっても15-15すら乗れないままとりあえず入厩。
その7月に骨折(全治六ヶ月)、それでも現役続行の決定。
その後も帰厩してはアクシデント、放牧。これの繰り返しで
1999年4月17日、中京競馬場の父内国産馬限定・500万下 ダート1700mで
ついにデビューした時には既に6歳でした。
馬体重540キロは明らかに太め残り。
レースはスタート直後から1頭大きく離された最後方をぽつんと追走。
こりゃだめだ、タイムオーバーかな…と、思った瞬間でした。
直線豪快に追い込み、上がりの時計は勝ち馬を上回るタイムで6着入線。
向こう正面では6馬身離されての追走も、結果は勝ち馬との差わずかコンマ8秒。
500万を勝ちあがる力は十分ある、これで叩いて絞れてくれば初勝利…
そう、思わせる内容でした。
事実、翌週の新潟・清津峡特別に連闘で望むべく登録があり、
専門誌上でも印が回るほどでした。
ところが…
激走の代償は大きく、レース後、右前脚に重度の屈腱炎を発症。
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その間に、継続出資の意思を確認する手紙も届き、
当然のように継続に印をつけてはがきを返送したことも。
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それだけに、残念と言う言葉で片付け切れないほどの無念さでした。
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フォートポータル、年内復帰断念。一方でユズノキは・・・
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マンハッタンスカイの血は続く
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Posted by 浦河深之 at 19:13│Comments(0)
│思い出の愛馬